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弘道館
●弘道館
弘道館は、1841(天保12)年に、水戸藩主徳川斉昭が藩政改革の一つとして水戸城三の丸に開いた藩校である。その敷地の総面積は約18haで、江戸時代の藩校中最大の規模で文館・武館・医学館・天文館などと備えていた。
建設にあたっては、財政難などを理由にした反対も強かったが、藤田東湖や会沢正志斎などの改革派の人々によって事業が進められた。
弘道館教育の方針は、藤田東湖の草案をもとにして斉昭が定めた『弘道館記』(
*1
)に述べられている。会沢正志斎の『新論』とともに、『弘道館記』は、水戸学を代表するものとして有名である。
1871(明治4)年までの30年間、ここで藩士の子弟の教育が行なわれ、その特色としては、卒業式がないこと、政教一致の考えであること、賞に重く罰に軽いことなどであった。
なお、水戸藩の郷校は、下表(
*2
)のように文化年間以来各地に開かれたが、斉昭はこれにも力を入れた。ここは、郷士・医者・神官・村役人らの教育の場で、医者の教育にもっとも重点がおかれていたが、安政年間に尊王攘夷 運動がさかんになると武芸が重んじられるようになった。
私塾もさかんで、とくに藤田幽谷・東湖の青藍舎は有名である。また庶民の教育が行なわれた寺子屋なども多く、幕末にはかなり教育が普及していた。
*1)
「弘道館記」には、神儒一致・忠孝一致・文武一致・学問事業一致・治教一致の五つの教育方針が示されている。
*2)
郷校名(改称名)
設立年代
所在地名
稽医館(小川郷校)
延方学校(延方郷校)
文化1
文化3
茨城郡小川村
行方郡延方村
敬業館(湊郷校)
益習館(太田郷校)
暇修館(大久保郷校)
天保6
天保8
天保10
那珂郡湊村
久慈郡太田村
多賀郡大久保村
時雍館(野口郷校)
嘉永3
那珂郡野口村
大子郷校
小管郷校
小宮郷校
町田郷校
秋葉郷校
鳥羽田郷校
玉造郷校
潮来郷校
馬頭郷校
安政2〜4
〃
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久慈郡大子村
久慈郡小管村
那珂郡大宮村
久慈郡町田村
茨城郡秋葉村
茨城郡鳥羽田村
行方郡玉造村
行方郡玉造村
下野国那須郡馬頭村
「水戸市史」参照
歴史案内
交通
常磐線水戸駅北口下車 徒歩8分
住所
水戸市三の丸1-6-29
Tel
029-231-4725
▲UP
社団法人 茨城県教育会
〒310-0911
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